校長のあたまのなか

(場所)に込めた思い

研修

 令和8年度の学校経営目標は、「一人一人が輝く学校(場所)づくり」とした。(場所)を付け加えた。ささやかな違いだが、校長としてのこんな思いがある。

 いや、その前に、内田 樹(たつる)さんの話をしたい。私はこの方の著作が好きで、書店で「街場の~」というタイトルを見ると、待ってましたと言わんばかりにレジに持っていく。

 知らない方のために紹介すると、大学の先生で、合気道の武道家として道場を主宰しておられる。教育関係の著作も多い。連休中に読み終えたのが、「沈む日本とカオス化する世界」(SB新書2026年2月15日初版)である。

沈む日本とカオス化する社会

 「将来を決めつけられた若者の居場所なき自由」という章がある。読んでいて身につまされる。以下、一部を引用する。

 たぶん家でも学校でも「居場所」はあるのです。でも、彼らはそこにいたくない。そこにいると、自分が何者であるか、何をすべきか、何を言うべきか、それらがすべて決められていて、身動きができず、息ができないから。それが若者たちが「居場所がない」ときの実相ではないか。そんな気がしました。(中略)

 ブラジル育ちの彼女の子どもがある日小学校から帰って、「今日学校で先生に変な質問をされたのだけれど、答えられなかった」と言ったそうです。「何て質問されたの?」と訊いたら、「君は将来何になるのか?」と訊かれたそうです。ブラジルにいた時は大人からそんなことを訊かれたことが一度もなかったので、意味が分からなかった、と。

 この章の最後を内田さんはこう締めくくっている。引用が長くなるが、お付き合いいただきたい。

 生き物は可動域が広く、次の選択肢が多いところにいると安心し、自由度が失われると不安になる。今の日本の教育は子どもたちを生き物として弱くするために一生懸命努力をしているように僕には思われます。

 (場所)とは、管理された窮屈なところではない。もっと粗野で放っておかれるようなところである。一人一人が輝くためには、そういう(場所)がほしいと思うのだ。先生たちの望む「枠」にはめない自由も保証していくことが、子どもの主体性を育てることにつながると私は思っている。校長の思いをくみ取った(場所)づくりを先生方にはお願いしていく。