校長のあたまのなか

2年間の総括

その他

 本校での2年間の校長の任を終えるにあたり、総括してみる。

 地域からすると、誰が校長になろうが、あまり意識されることはないだろう。私は、学校の営業職として、顔の見える校長、何を考えているのかを伝える校長になろうと、地域人材とのつながりを大切にした。

 子どもたちからは親しみやすい校長になるよう心掛けた。全校児童の顔と名前を覚え、校長室を開放し、子どもたちとたくさん話した。授業を含めた学校生活の様子を、ホームページで紹介し続けた。会礼や式では、校長の話は3分程度になるように短くした。話の長い校長は嫌われると思ったからだ。子どもたちの願いを聞き、実現できるものは実行した。休み時間を増やしたことは、子どもたちに喜ばれた。

 2年間の成果を5つ挙げる。

1 令和の鼓濤教育

 沿革誌、開校100周年記念誌、鼓濤教育原論、開校150周年記念誌を読み直した。本校の歴史やこれまでの歩みを知り、未来の笠原のためのビジョンを「令和の鼓濤教育」として示し、地域とともにある学校を具現化した。「令和の鼓濤教育」は、地域とともに未来の笠原を支える人材を育てる営みである。「笠原に親しみ、笠原を自慢できる子」の育成をめざし、自然、文化、歴史、産業、防災などを題材に笠原のことを調べ、発信する。今後も笠原の人と交流し、学びを深めていく。

2 ビオトープ・笠小ランドの整備

 環境教育に携わってきた自らの経験を生かし、整備を行った。学校に隣接した森の間伐や伐採を行い、笠小ランドを復活させた。また、開校125周年で整備した「小さな森の小川」を復活させた。 本校で見られる昆虫、野鳥、植物などの情報を発信し、プールのヤゴ救出を行い、ウスバキトンボ全国調査にも参加した。本校の恵まれた自然環境を生かした取り組みを行った。

3 土砂災害警戒区域

 自分の専攻分野である地形学の知見を生かして、学校の北と西の崖の危険性を地域や市に発信し続けた。笠原歴史研究会から依頼を受け、笠原の地形について講演も行った。2年間で、崖の樹木がかなり伐採され、危険度が下がった。通学路の変更も働きかけた。市教委は注意喚起のための看板を新たに設置した。地元選出の市議会議員が議会で質問を行い、市側の答弁を引き出した。

3 情報発信

 本校の良さを広く伝えるために、学校ホームページを活用し、情報発信を行った。以前は、1日当たり60アクセスくらいであったが、ここ2年間は日に200アクセス以上になり、多い日には1300アクセスを超えることもあった。発信した情報について、県外の方や報道機関から問い合わせが来ることもあった。地域の方からも「ホームページ見たよ」と伝えられることが増えた。学校の様子や校長の考えを地域に発信し、地域を巻き込んだ動きを作ることができた。

4 楽しい学校づくり

 できないことをできるようにさせようと頑張りすぎると、児童も保護者も教員もつらくなる。ちゃんと、きちんと、しっかりとできていなくても大目に見ることで、皆が圧から解放される。校長として、児童も教員も「任せて認める」「ほめて伸ばす」指導で育成を行った。学校を楽しくするためのイベントを推奨し、全校かくれんぼや全校鬼ごっこなどが実現した。新規不登校は発生しなかった。3年間以上不登校だった児童が、週に2日程度「ほっとルーム」に出席できるようになった。教室に入れずに別室にいた数名の児童は教室に戻り、遅刻や欠席が減った。学校が楽しいと答える児童も目標値を上回った。

5 超過勤務時間の削減

 2年間、袋井市内の小中学校の中で超過勤務時間が最も少なかった。校務の無駄を省き、事務作業ができる時間を生み出し、超過勤務を減らすことができた。