「縁の下の力持ち」以上にすばらしい
人事評価面談をしているときに、「縁の下の力持ち」と言う表現を使って、その方の業績を認めて感謝することがある。「縁の下の力持ち」とは、人目につかないところで地道に努力し、組織や他人のために貢献する人を指すことわざである。
それ以上にいい言葉を見つけたのだが、一般的ではないので上手に使えずにいる。「アンサング・ヒーロー(歌われざる英雄 unsung hero)」という。福岡伸一さんが「生物と無生物のあいだ」(講談社現代新書 2007年)の中で使った言葉だ。優れた科学的な発展に貢献しながらも、本人も自覚することもなく、他人からも称賛されないヒーローのことである。
内田 樹さんが取り上げ、組織論として、「人より多く働く人(over-achiever)」と「アンサング・ヒーロー(歌われざる英雄 unsung hero)」を価値づけている。以下、一部引用する。
「歌われざる英雄」とは、その人のちょっとした気づかいのおかげで集団が壊滅的な被害を回避することができたのだが、その功績を誰も知らない(本人も知らない)ような人のことである。その人が通りがかりに堤防に空いた小さな穴から水が漏れているのを見て、足元の小石をそこに突っ込んでおいた。そのせいで次の台風のときにその堤防は決壊せずに済み、村は災害を免れたのだけれど、そのことを誰も知らない(小石を拾って穴を埋めた人は自分がそんなことをしたことさえ覚えていない)。
でも、そういう人こそが集団の存立を支えているのである。けれども、私たちの競争社会では、「歌われざる英雄」はまさに「歌われない」がゆえに存在しないものとして扱われる。それよりは自分の功績を大声で歌い上げるような人間が高いスコアを獲得する。
内田 樹の研究室へのリンクhttp://blog.tatsuru.com/2025/05/16_1700.html
「縁の下の力持ち」の人は、裏方としての役割を自覚し、組織を下支えしている。「アンサング・ヒーロー」は無自覚である。だからよりすばらしい。自分の役割以上に気づいたことに手を出して、改善していくのだろう。
学校も「オーバー・アチーバー」が動くことで、重大な事故や過失や生徒指導案件を未然に防いで(または軽減して)くれているのだと思う。でも、あえて称賛しなくてもよいのかもしれない。本人が自覚したら、「アンサング・ヒーロー」が「縁の下の力持ち」になってしまう。「アンサング・ヒーロー」のままでいてくれた方が、かっこいいではないか。
内田氏も「『人より多く働く人(over-achiever)』がさらに気分よく働いてもらえるように環境を整備する方がはるかに集団のパフォーマンスを向上させる」と言っている。(おそらく学校という組織も同じだろう。)「ゆるい」管理で、のびのびと仕事をしてもらえば(校長としては)十分である。
ハインリッヒの法則(1:29:300)でヒヤリハットを把握し、対策するのも大事である。だが、実際に重大事故や労働災害などを防ぐのは、「アンサング・ヒーロー」となる「オーバー・アチーバー」なのかもしれない。組織マネジメントのこつを自分なりにつかんだ気がする。